銀河天文学(6/30)の質問と回答

今回は,いつも以上に回答案を岡村さんに送信するまでに時間が
かかってしまいました.専門的すぎて長い説明が必要な質問と,
僕自身がよくわからん装置の原理に関する質問が出たためです.


でも,これくらいやってれば,ちゃんとバイトしてるって
胸張って言える気がする(笑)


# 質問5に対する回答は,岡村さんにだいぶ書き直されちゃったのだけど.

●質問1


"Hubble Deep Field"の写真には色とりどりの銀河が写っている
ように見えますが,赤く見える銀河のうち,赤方偏移が原因で
赤く見える銀河はどのようにして区別されているのでしょうか.

●回答


赤方偏移銀河を探査する最も確実な方法は,夜空にあるすべての
天体を分光して赤方偏移を決定することです.それをもとに目的と
する赤方偏移を持つ銀河のサブサンプルを作ればよいのです.しかし,
無数にある星や銀河をしらみつぶしに分光観測するには,現実離れ
した時間と手間が必要になってしまいます.


そこで,目的とする赤方偏移を持つ銀河を選び出すための,より効
率的な方法として,銀河の色を利用した方法が用いられています.
たとえば,講義で紹介したドロップ・アウト法(カラーセレクション
法と呼ぶこともあります)がそのひとつです.
ドロップ・アウト法では,赤方偏移したライマン・ブレーク
(静止系では912Å)をもとに,目的の赤方偏移にある銀河を色で
選び出します.


例として,ドロップ・アウト法でz~4と5の銀河を探査した論文,
Ouchi et al. 2004, ApJ, 611, 660のFig.4を見てみましょう.
http://ads.nao.ac.jp/abs/2004ApJ...611..660O
(講義資料Chap6-5の19枚目のスライドの右の図と同じです)


Fig.4の左図は,z~4の銀河を選び出すもとになった図です.ここでは,
典型的な銀河のスペクトルを赤方偏移させると,(R-i') 対 (B-R)の
平面上でどのような軌跡をたどるかが示されています.赤線は星形成
活動の活発な銀河(星形成銀河)の典型的なスペクトルをz=3.3から
3.9へΔz=0.1刻みで赤方偏移させたときの軌跡です.z~4ではちょうど
ライマン・ブレークがBバンド(~4500Å)とRバンド(~6500Å)の間に
入ってくるため,z>3.7では(B-R)の色が極めて赤くなっていきます.
一方,緑,シアン,青,紫はすべて,手前にある偽物がこの平面上で
どこに分布するかを示したもので,それぞれ楕円銀河,渦巻銀河(Sbc,
Scd),不規則銀河をz=0から3に赤方偏移させたときの軌跡です(丸印
はΔz=1刻み).また,黄色の星印は,偽物の候補である銀河系の星を
プロットしたものです.


今,この平面上でz~4の銀河が分布していて,かつ偽物である銀河系の
星や手前にある銀河がほとんど分布していない領域を考えると,それは
図の左上の領域ということになります.撮像データで検出されたすべての
天体からz~4の銀河のみを選び出すには,すべての天体をこの平面上に
プロットしたとき,左上の領域(講義資料Chap6-5の19枚目のスライドの
左の図に境界線が示されています)に分布するような色を持つ銀河を
選択すればよいのです.

●質問2(匿名希望)


LAEsの探査で,偽物混入率が~20-30%あるようですが,その主な
要因は何ですか?

●回答


「偽物混入率」とは,天体の色をもとに作ったサブサンプルの中に含ま
れてしまっている偽物の割合のことです.


質問1の回答で,紫外連続光の特徴で選ぶドロップ・アウト法(主にLBG
のサンプルを作るときに用いられます)を簡単に説明しましたが,それ
によって選び出された天体のすべてがz~4にあるとは限りません.観測
には誤差がつきものですから, 測光データの誤差によって, 選択領域に
紛れ込んでくる偽の天体があります. 特に, 境界線の近くにある天体は
この影響を大きく受けています. これが一番大きな要因です. また,
中には,たまたま典型的なスペクトルと異なって,運悪くz~4の銀河と
似た色をしていたために選ばれてしまう手前の銀河や銀河系の星なども
混入します.


質問にあるLAEの候補も, 狭帯域バンドの等級を含む色によって選ばれる
のですが,やはり一部偽物が含まれてしまいます.この場合も観測誤差
の影響があることは同じなのですが, LAEサンプルに関しては, 別の要因
のほうがより重要となります.


そもそもLAEの候補としては,連続光に比べて輝線を強く放射しているよ
うな天体が選ばれます.そのため,目的とするライマンα輝線ではなく,
手前にある輝線銀河([OII]輝線銀河,[OIII]輝線銀河,Hα輝線銀河)
の輝線が狭帯域フィルターで捉えられる場合があり, それとライマンα
輝線を区別することは難しいのです. また,割合は少ないですが,活動
銀河核(AGN)や(たまたま狭帯域フィルターで観測した時刻に明るかった)
変光天体も偽物として混入することがあります.


なお,選んだ候補天体が本当にLAEなのかどうかは,最終的には候補天体を
分光観測することで結論付けられます.分光により輝線が二つ以上受かった
場合は,その輝線の波長比からそれぞれどの輝線なのかがわかります.
また,高赤方偏移にある銀河のLyα輝線の場合,IGM吸収によって短波長側
が削られるため非対称なプロファイルになるので,それも判断の根拠と
なります.

●質問3(匿名希望)


sec6.5の後ろから8枚目のスライドなんですが,「ダークマター
LAEsの間のバイアスは大きい:b~6」と書いてありますが,どういう
意味ですか?

●回答


「LAEはダークマターに比べて,かなり強く群れ集まっている」という意味
です.


宇宙の物質のうち,私たちが観測できるのは銀河などとして光を放っている
バリオンのみですが,それはバリオン全体の一部に過ぎませんし,そもそも
宇宙の物質はむしろほとんどが光を放たないダークマターであることが
わかっています.このため,私たちが観測によって求めた銀河分布に基づく
宇宙の大規模構造は,宇宙における物質全体の分布に等しいとは限りません.


ただ,そもそも銀河という構造も,物質の密度揺らぎを種に形成したと
考えられますから,銀河の分布と物質全体の分布の間には何らかの関係が
ある考えるのが自然です.そこでしばしば,見えているバリオンのみを反映
している銀河分布は真の物質分布に比べて,いくらかのバイアスがかかっている,
という考えが導入されます.中でも一番単純なものが「線形バイアス」,
すなわち銀河の数密度の揺らぎδ_gと物質の密度揺らぎδとの間の関係を
δ_g = b*δ(b:バイアス・パラメータ)としてモデル化する考え方です.


線形バイアス理論においてb~6という値は,「ダークマターに比べてLAEの
分布はかなりメリハリがある」という意味です.なお,このバイアス・
パラメータは銀河形成の詳細に依存するため,理論だけから求めるのは困難
であり,現在のところ観測と理論を比較してで決めるべき不定パラメータと
なっています.


なお, バイアスパラメータの定義については(上記の式と同じですが),
講義資料Chap7-1の37枚目のスライドにもあります.

●質問4(匿名希望)


z~3-6で,LAEの光度関数はL(Lyα)は進化しないのに,L(UV)は変わる
のはどうしてですか?

●回答


LAEの光度関数の進化については,サーベイによって結果が異なっており,
まだ確定的な結論が得られたとは言い難い状況にあります.そこでここでは,
講義スライドにも載せている,現段階では最大規模のサンプルをもとにz~3
からz~6までの光度関数を調べ上げたOuchi et al. 2008, ApJS, 176, 301の
結果と議論を簡単に紹介します.
http://ads.nao.ac.jp/abs/2008ApJS..176..301O


まず,スライドで紹介されている光度関数に関する結果を少し詳しくまとめると,
以下のようになります.
 (1) LAEの「見かけの」Lyα光度関数は,z=3.1から5.7にかけて進化しない.
 (2) Lyα波長より短い側におけるIGM吸収を考慮して求めたLAEのintrinsicな
   Lyα光度関数は,z=3.1から5.7にかけて進化する.(Lyα光度が明るくなる
   and/or 個数密度が増加する.)
 (3) LAEのUV光度関数は,z=3.1から5.7にかけて進化する.(UV光度が
   明るくなる and/or 個数密度が増加する.)


この結果に対して,著者たちは考えられる三つの可能性を挙げています.
 1. 電離源の周囲のHII領域に含まれるダスト量が,z=3.1から5.7にかけて
  減少するため,高赤方偏移ほどLyαが吸収されにくい.
 2. 金属量が極めて少ないPop.III星(電離源としてはたらく) and/or 10^4K
  程度より温度の高いcooling cloud(水素原子の励起による放射冷却が効く)
  といったLyα光子を増やすソースがz=5.7では数多く存在している.
 3. 銀河内や銀河周囲にある中性水素原子ガスがz=3.1から5.7にかけて減少する.
  つまり,高赤方偏移ほど共鳴散乱を受けている長さが短いため,Lyα光子が
  ダストに吸収されにくい.


ただ,これらの解釈のうち結論はどれかということまでは,残念ながら今回の
観測からはわかりません.


なお,この説明を読んでもよくわからない場合は,いい機会ですからこの論文や
適当な参考書を当たってみるとよいと思います.(ここでは考慮すべき仮定などを
すべて省略して非常におおざっぱにまとめてありますから,むしろよくわからない
点がある方が自然かもしれません.)それでも理解できない点があれば,再度質問
してくれても構いませんし,身近にいる専門の人に質問してみてもよいと思います.
要は,自分で納得できるまで調べ,考えることが大切です.

●質問5(匿名希望)


Grismのことを言っていましたが,すばるHDSも全く同じしくみですか?
どうしてあんなに高分散なんですか?

●回答


まず,すばる主焦点グリズムとすばるHDS (High Dispersion Spectrograph)の
仕組みですが,同じではありません.装置の目的が異なるからです.
波長分解能の桁が違うことに注意してください(主焦点Grismは分解能約50に
たいしてHDSは10^5の桁です)。


主焦点グリズムは,主焦点カメラの広い視野内に写るすべての天体を一度に分光
するための装置で,できるだけ暗い天体まで観測しようとしていますので, 波長
分解能はむしろ控え目に設計されています.(あまり高くすると個々の天体のス
ペクトルが長くなってしまい,スペクトル同士の重なり合いが深刻になってしま
うからです.)この装置ではグリズム(分散素子)は、透過型で収束光ビームの
途中に入っています。


一方HDSは,星の元素組成を詳しく調べるための装置ですから,目的の天体を
可視光で10万分の1以上の波長差を識別できるほどの高分散で分光できるよう
設計されています.こちらで使われている分散素子は通常の回折格子より高い
分散を得られるエシェル回折格子で, 反射型のものです.また, それはコリメ
ートされた平行光ビームに途中に入れられています. 興味がある人はそれぞれ
の光学設計図を見てみてください.
主焦点Grismの図がインターネットで見つけ出せなかった人は言ってください。
http://subarutelescope.org/Observing/Instruments/HDS/jpg/layout.gif


どうしてエシェル回折格子を用いると高分散スペクトルを得られるかは,回折
格子の回折の式を思い出してもらうとわかると思います.エシェル回折格子では,
回折格子の溝間隔を小さくし,また高い次数のスペクトルを取得することで,
高分散スペクトルを得ています.高い次数のスペクトルが重ならないように,
クロスディスパーザーと呼ばれる, 次数より分けのための低分散回折格子と併用
します.