銀河天文学(7/7)の質問と回答

今回は完全に守備範囲外というか,なんとなく知ってる気分になってる
内容についての質問が来ました.なんとなく答えられそうな気がするのだけど,
いざ書こうとすると全然わからなくて,結構悩まされました.


真空の相転移の潜熱はどこから来るんですか,って言われても,
相転移から来るんだよ,としか言えないw


で,結局なんとなくで書いた回答案を岡村さんにお送りしたところ,
質問2,3はそのままメーリスに流れたりして(笑)


あ,今回の回答案のメールに対して,岡村さんから「ご苦労さま」という
メールが来ました.ねぎらいの言葉が返信されてきたのは,4/21以来.
 (このとき → http://d.hatena.ne.jp/yoshiyuki_kitne/20080426/p1

あくまでも推測ですが,「あまりデキがよくなかった」 and/or 「専門外の
質問に四苦八苦したと感じられる」ような場合に送られてくるみたい.

●質問1


SBBNでLiの存在比に若干の問題がある,と言ってましたが,
現状として,どんな解決法が提案されているのですか?

●回答


ビッグバン元素合成の標準理論(SBBN)による軽元素の存在比の理論
値と観測値の比較についてですが,講義スライドの図にあるように,
ヘリウム4や重水素ではよく一致しているのに対して,リチウム7は
誤差の範囲ギリギリに入る程度です.


この差異がどのくらい深刻な問題であるのかということがそもそも
まだ分かっていません(現在の重要な最先端の研究課題です)。
従って、「解決法」という表現は適当でないように思います。
以下の三つの点が検討されています。


(1) 観測データそのものが何らかの(未知の)系統誤差によって
正しい値からずれている。

(2) リチウムは星の内部で壊されたり、高エネルギー宇宙線との
反応で少量作られもするので、それらの効果を正しく見積もってい
ないと、観測データは正しいとしても宇宙初期の時点のリチウムの
存在量の推定値(図に書かれている値)が間違っている。

(3) 宇宙初期の元素合成に関してまだ分かっていない物理要因が
働いている。


興味があれば,図の引用元であるこの論文を引用している文献を
調べてみるとよいと思います.
http://ads.nao.ac.jp/abs/2006JPhG...33....1Y


上記(1), (2)に関して以下の補足をしておきます。


宇宙初期に生成されたリチウム7の存在量は,銀河系の種族IIの
星を観測することで求められています.重元素(Fe)が少なく温度が
高い星では,重元素量や温度に依らず,リチウム7の存在比が一定に
なることがわかっています.温度が低い星では星の表面近くまで対流が
効いており,表面近くのリチウム7が星の内部に運ばれて壊されてしまう
ため,リチウム7の存在比が減少してしまいます.一方,重元素の多い
星ではリチウム7の存在比が多いのですが,これは銀河進化の過程で
宇宙線による相互作用で生成されるためだと考えられています.
そこで,温度が十分に高く,重元素(Fe)が太陽のおよそ1/30より
小さい星で一定となるリチウム7の存在比を,宇宙初期に生成された
リチウム7の存在比に等しいとみなしているのです.


ただし,このようにして求めたリチウム7の存在比は,観測者によって
ファクター2程度で食い違っており,このことは系統誤差が大きいことを
示唆していると考えられています.

●質問2


r-processは,核図表でHeisenbergの谷を急速に下った後に,
斜め上(p up,n down)の方向に崩壊していくように見えましたが,
完全に生成と崩壊が分かれている過程なんですか?

●回答


質問の意味が今一つ分かっていませんが、以下の回答で良いでしょうか?


r-processは,中性子が爆発的に大量に生み出される環境で起こる
中性子捕獲過程です.中性子を捕獲した不安定核がβ崩壊するよりも
速く中性子捕獲を連続して起こすため,非常に中性子過剰で不安定な
核種の領域を経由しますが,不安定な核種はβ崩壊などを起こして,
やがて安定な核種へと落ち着きます.


質問は,r-processは完全に生成と崩壊が分かれている過程なのか,
ということですので,中性子捕獲とβ崩壊のタイムスケールを比較
します.たとえば,中性子密度が10^20-10^30 /cm^3程度まで上昇
したとき,核種による中性子捕獲は1/100-1/1,000,000秒程度のタイム
スケールで起きるようになります.また,中性子マジックナンバー
到達すると,安定性が高いため中性子捕獲は少々停滞します.一方,
不安定核種がβ崩壊する典型的なタイムスケールは1/100秒程度です.
中性子密度や核種によって、中性子捕獲による生成とβ崩壊などの
崩壊過程が共存しているフェーズ,中性子捕獲が完了してβ崩壊
などの崩壊過程のみが起こるフェーズがあると考えられます.

●質問3


真空相転移の潜熱はどこから来るんですか?

●回答


私は、この分野に精通していませんので、満足な答えができません。
以下は、TAの小野君が書いたものをそのまま示してありますが、
私もこれ以上はすぐには書けません。物理の佐藤勝彦先生に尋ねれば
もっと詳しい話が聞けると思います。


真空の相転移というのは,場の対称性の破れにより,力が統一
されていた状態から重力,強い力,弱い力の順に分化していく
際の相転移を指しています.したがって真空の相転移の潜熱は,
場の対称性の破れによってもたらされるといえます.


「対称性の破れ」というのは,磁石の例でよく説明されます.
磁石というのはおおざっぱに見ると,N極とS極を持つ磁石の性質を
個々の原子が持っていて,その原子すべてが同じ方向を向いて
並んだものです.これが全体として磁石の性質を持つわけです.
ところが,これを熱して十分に温度を上げると,1方向に並んでいた
原子たちがばらばらに運動するようになってしまうため,磁石の
性質は失われてしまいます.この高温時の,原子があちこち向いた
状態は,どの方向にも均等であるといえるため,「対称性がある」
と表現されます.一方,低温時の整列した状態は,方向が対等でなく
偏りがあるため,「対称性が破れている」と表現されます.


たとえば,電磁力と弱い力の統一理論であるワインバーグ・サラム
理論では,これらの力の分化はヒッグス・メカニズムで説明されます.
つまり,ヒッグス場という対称性を破りやすいスカラー場が,弱い力の
ゲージ場と相互作用することで対称性が破られ,力の分岐がなされる
と考えられています.もともとは絶対ゼロ度だった宇宙は,このように
して解放された潜熱によって熱い火の玉となり,膨張したというわけです.


ただし,すでにわかっているような説明をしてきましたが,実は温度が
100GeV以上の宇宙初期のシナリオは,まだ実験的に検証されていない
理論に基づいているため,確実なものではないことを付記しておきます.